ころしたいとおもうのは 


「相手をころしたいと思わないってことは、まだ本当の恋ではないのかな」







さんさんと降り注いでいるはずの光は、水の中を潜って川底にやってくる間に反射を繰り返し迷子になってしまうようだった。常に薄暗いそこにうんざりしながら、マジェントはもう何度目かになる思考のループを始める。こうするようになって自分の脳味噌の引き出しのあまりの少なさにマジェントは驚いた。すでに何日経ったのかもわからないがこの永久にも感じられるはずの時間のまだほんの序の口である現在で、もう何ループ目かわからないくらい同じことを考え続けている。自分はあと何回これを繰り返すのだろうか。この問いにスタンドが返事をしてくれれば、随分この辛さがましになるのに、彼は主人のマジェントを抱きしめたまま、だんまりを決め込んだままである。この何もない空間で、こんな馬鹿な空想をすることだって多少の慰めになるが、それだって本当に多少でしかなくってマジェントを本当の意味で救ってはくれない。ワイヤーを解いてくれる運命の人は依然現れず、マジェントはまた川底で、思考の海に沈む。もはや何回目かわからなくなってしまった思考のループの入り口は、いつでもウェカピポのことである。
彼のことが憎くてたまらなかったのに、殺せなかった。本人を目にしたら決心が揺らいだ、なんてことはなく、失敗してしまっただけで、もちろんマジェントはウェカピポをちゃんと殺してしまう気だった。だって彼のことが本当に、本当に好きだったのだ。こんな気持ちは初めてだった。心から好きだったから、妹が生きていることを知らされてマジェントに見せたことないような穏やかな表情をしたことも、血を流して倒れているマジェントを振り返りもせず去っていく背中も、彼のすべても、心から憎いと思った。
マジェントは人に裏切られることも、居ないもののように扱われることも、罵倒されることも今までの人生でたくさん体験してきた。マジェントを裏切った元仕事仲間も、調子のいいことばかり言って近付いてきて金だけ奪っていった男も、暗殺を依頼するだけしてまるでこちらが汚らわしいもののように一目としてこちらを見ないクライアントも、マジェントのことだけがすきだと言ったのに他に男を作っていたような女もたくさんいた。しかし、本気で殺したいほど憎くなることはなかった。騙された自分が悪かったとうかつさを反省するとか、せいぜい気が済むまで殴って飽きたら捨てるとかその程度で気は晴れた。
それなのにマジェントはあの雪原の中で、熱いのか、冷たいのか、痛いのか、全身の感覚がない交ぜになる中、「ウェカピポをこの手で殺したい」とはっきりと主張する己を感じ取った。大怪我を負って傍に倒れているマジェントの存在を忘れてしまうようなウェカピポ、マジェントよりも妹が大切なウェカピポ、マジェントを捨てて他の人間の味方をするウェカピポ。思うだけで許せなかった。それはウェカピポに対する執着以外のなにものでもなかった。
「これこそが運命の、本当の恋だったんだ。」
マジェントは川底で繰り返すループの何度目かでそう結論を出した。ころしたいほど、にくい。それは彼に本当の恋をしていたから生まれた感情だ。どうだっていい奴は自分から離れて行ってしまったってそんな気持ちにはならない。ここまで思考が行きついた時、マジェントはすっきりすると同時に非常に悲しい気持ちになった。
この結論の何が悲しいって、ウェカピポは自分にここまでの仕打ちをしておきながら止めを刺すことをしなかった。マキナック海峡までの二週間ずっと隣にいたマジェントがいなくたって、きっと思い出すこともしなかった。マジェントが自分に刃を向けたところで、「裏切られた」だとか感じることもなく、憎くも殺したくもならない。まったくもって脈なしということだ。
「ああ、やはり手に入らないならこの手で殺してしまわねーと。」
河底で恋を知った彼はもう一度想い人を殺すことを夢想し、目を閉じるのであった。



ヤンデレマジェントさん。
河底でぐるぐる考えてやっぱりウェカピポが好きだなー、裏切られて憎いなーていう一生報われない片想いを再確認するマジェント。
タイトルは確かに恋だった様よりお借りしました