ロマンチックホテル 火照った体に刺すような冷たい空気が心地よかった。気怠さが部屋全体に沈殿している。早々にシャワーを浴びに行ったマジェントはまだ戻ってくる様子はない。 冷静になってみると、なぜ自分があんな得体の知れない男の誘いに簡単に乗ってしまったのかわからなかった。自分は割と身持ちの固い、しかも男を抱くなんてとんでもないと考えている人間だと思っていたのだが、 どうやら大きな間違いだったようだ。考えている内に頭痛がしてきた。低く呻きながら寝返りを打つと宿の安物のベッドがひどく軋む。先ほどの行為の時のように。 しかし本当に自然に、成り行きで体を繋げてしまった。あの男とはまだこれから2週間ほど共に過ごさなければならない仕事仲間なのにそんなことを考える余裕もなかった。 信じられないがスルリとベッドに潜り込まれたあの時だけは、痩せたあの男がとても淫猥に見えたのだ。自分は狂ってしまったのかもしれない。 こんなことになるなら宿代なんてケチらず、別々の部屋をとればよかった。ぐるぐると後悔の念ばかりを脳に巡らせていると、ガチャリとドアが開いた。 「どうしたよ、難しい顔で。」 ヤッてちょっとはすっきりした顔してるかと思ったのにいつも通りじゃねぇか、とマジェントは顔をしかめる。彼はスラックスと簡単にシャツを羽織った格好で頭から若干水滴を滴らせていた。さすがに普段はくるくるとはねている癖っ毛も水に濡れると重くなっておとなしくなるようで、急に髪が伸びたような錯覚を起こさせた。首筋に張り付く濡れた髪の先を視線で辿ると、自分が付けたと思しき歯形がくっきりと見えた。冷え切ったこの室内ではっきり見えた熱の痕に目眩がする。思わずそこから目を逸らすと、バチリと視線がかち合った。ドキリと心臓が鳴る。そのタイミングでマジェントが口を開く。その表情はひどく嬉しそうだ。 「照れてんのか?可愛いじゃねえか、ウェカピポさんよお。」 「うるさい、早くきちんと服を着ろ。風邪をひくぞ。」 「やっさしいー。」 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ冷やかすように言う。もう一度うるさい、と言うと優しかったり怒ったり忙しいわねえとマジェントはわざとらしくしなを作った。気持ち悪いと返してやるとボタンを留めながら笑う。そしてニヤニヤとした表情のままこちらにきてベッドにドサリと腰を下ろした。大の男二人の体重にまたスプリングが悲鳴を上げる。 「ま、あんたのことだから後悔でもしてんだろ。」 目だけをこちらに向けて言う。目を合わせたくなくて背を向けなおした。 「当たり前だ。本当に俺はどうかしていた。」 「ひでえ言いようだなあ。」 のんびりとしたマジェントの言葉には返事をしなかった。この男と口を利くのはひどく疲れる。無視が効いたのかマジェントは黙りこくった。そのまま諦めて自分のベッドで寝ればいい、と思った瞬間急に後ろから手が伸びてきて頬を力強く掴まれたかと思うと、口付けられた。突き飛ばす間も無く温度の低い唇はすぐ離れる。 「な、ウェカピポさん。あんたの気持ちはそれでいいけどよォ、俺はあんたのこと好きだと思ったからやったんだぜ。」 突然真剣な顔でそんなことを言われ、俺は返す言葉が無くなった。普段見ないような顔に戸惑いを覚え、どう返すのが正解なのかわからず黙っているとマジェントは突然噴き出した。 「あんたほんと優しいな!気持ち悪いって殴り飛ばしてもよかったのに!やっぱり俺はあんたのことが好きだよ。」 繰り返し好きだと言われてさらに複雑な気持ちになる。なんと返していいかわからない。嫌なことに、俺はマジェントが言ったような気持ち悪いといった感情は感じてはいなかった。一言も返さず睨んでいると笑いを噛み殺しながらマジェントは自分のベッドへ戻った。ギ、とまたスプリングが軋む。 「ま、この旅の間にあんたの役に立ってみせるから見てろよ。きっとあんたは俺が好きになるよ。」 じゃあおやすみ、と言ってマジェントは布団を被って眠る態勢に入った。言いたいだけ言って寝てしまうなんて狡い。恐ろしいことに、さっきのこの男の言葉が本当になりそうな気がしたがきっと気のせいだろう。早くシャワーで妙な考えは体に残った熱ごと流してしまおうと思い、部屋を出た。 自由なマジェントに翻弄される苦悩系攻めウェカピポ。 |